怒りや恨みつらみでこれからの人生を歩む積りはない。どちらからとか、どういう経緯でとかは、切り取り方次第で見え方、感じ方も変わる、加害者であり、被害者でもある。思い起こせば、忸怩たる思いを抱くこともある。然し、囚われて自身を見失いはしまい。
多分、周りから見て、自分は嫌われる存在なのだろう。それは惨めな人生を歩んで欲しいと願われもするだろう。深く他人から、憎まれる恨まれる、そういう人生を歩んできた。長い間、自分を責めてきた、恨んだり、怒りもした。
ただ、それだけでは、やはり、人間は、生きてはいけないのだ。自分を大切に慈しんでくれた家族、恋人、知人、友達。その記憶だけでも、人は生きていける。そして、誰にでもこういう存在はいるのだ。
どういう人生をこれから、歩むかは、わからない。ただ、愛すべき人の記憶は温めていきたい。
コメント